今日は2巻と3巻を買ってきました。
やっぱりおもしろいです。
もしこのお話を先に知っていて、ドラマ化されることになったら誰が出ることになっても見たんじゃないかな?
案外この役が合ってるような気がします。
口が悪いのだけがなんかイメージわかないけど、熱くなって突っ走るところとかおじさま方にいじられてるところとか想像するだけでも楽しいです。
原作とは変えてあるみたいなのでどこまで原作通りかわかりませんが、今日読んだところとかもあるのかなぁ。
「相当丈夫な体の人ですね」
って、ほんとにそうだし、見たいような見たくないような・・。
前回のドラマは楽しみは雪ちゃんだけだったけど、今度のはドラマそのものがおもしろそうで楽しみです。
写真はうちのワンコ。
ぬいぐるみみたいなすかるくんみたいなぬいぐるみ。
毛布を作ってあげたくて生地を探していたのですが、イメージに合う生地がなかなかみつからなくて、今日やっと100均でこれならいいか・・・っていうのを見つけました。
一軒家に引越したら本物が飼えるかな・・・・。
おもしろい!
どこかで「のだめみたいな感じ?」っていうのを読んだ気がするんだけど、そんな感じかも。
そしてあの役。
いろいろ原作とは違うみたいですが一応 武闘派 ってなってるし、期待してもいいかな?
彼の演技に関してはあまりよくない評価もよく目にしますが、私は好きです。
確かに台詞を言うのがあまり上手くないと私も思います。
でもあの表情と仕草なんかはいいと思います。
私が彼の演技が好きなのは、どんな役でもちゃんと原作や脚本を読んで自分なりに考えて、その役になりきっているから。
一太郎にしてもミライにしても雪ちゃんにしてもまったく別の人物を演じているのにちゃんとその人に見えるんです。
私は『しゃばけ』も『誰キス』の原作の『失くした記憶の物語』も原作が大好きで何度も何度も繰り返し読んで、一太郎のこともウィル(ミライ)のことも大好きだったから、あんなふうに演じてもらえて本当にうれしかったです。
逆に大好きなお話の大好きなキャラクターが自分のイメージと全く違っていてショックだったこともあります。
私は魔法使いの少年のお話に出てくるある先生が大好きで、ついに私の理想の人を見つけたと思いました。 その先生みたいになりたくて、その先生に恥ずかしくないように生きようなんて思ったりもしていました。
ところが映画化されたそのお話の中の先生は私が思い描いていたのとはかけ離れていて、最初はもう映画も見たくないくらいに思っていたんです。
でもそれはその役者さんが悪いわけじゃなくて、その役者さんを選び演技を指導した人(監督さんになるのかな?)がそう決めたことであって、その役者さんはその通りに演じているだけ。
今では原作とは別に映画は映画で楽しめればいいかなと思えるようになりました。
今度もわんこのお話も、面白くない人もきっといるだろうなと思います。
でも私は私が楽しければいいやって思ってるんです。
人がなんて言おうと私は自分が見たことを自分がどう思うかでいいから。
確かに今は彼の方がゴスロリが似あったりして・・・って思ったりするけど、それよりも彼があの役をやることがほんとに楽しみです。
今日でお休みが終わりなので、気合を入れてがんばって書いてた記事が消えちゃってショック。
まさに「失くしたもの」です。
でも落ちこんでいてもしょうがないのでもう一回。
ここからは映画ではなく映画には描かれていなかった原作(「失くした記憶の物語」)のお話。
このお話のキーワードのひとつが「失くす」ということではないかと思います。
ナオミが失くしたのは記憶。
ジェームズ(ユウジ)が亡くしたのはお兄さん。
映画ではお母さんも亡くしているナオミですが、原作では別の理由で失くしています。
もともとナオミは養女で実の両親はわかりません。
育ててくれた母親は偶然元彼と出会ってしまい、ナオミの父親と離婚して元彼と再婚、、子ども(ナオミにとっては妹)もいます。
だからもうちょっと複雑なんですよね。
もう一大切な人を亡くしている人がいます。
ウィルも父親を亡くしているのです。
そのことをウィルは「家庭の事情」と言い、「つらい時期だった」と記憶を失くしているナオミに話します。
「家族を亡くした人はおおぜいいる」「世界中のだれもが家族の一員を亡くしているはずだ」とも言っていますが、自分が父親を失くしていることは言いません。
ナオミはそのことを自分の父親から聞きます。
「父親を亡くしてから、母親のことをよく気づかってる。がんばり屋だよ。」
と。
ナオミたちが通う学校(日本のアメリカンスクールではありません)の先生でもあるウィルの母親は自分が教師として勤めることでウィルの学費を免除してもらえる学校を探して今住んでいるところへ移ってきました。
(ジェームズやエースは裕福な家庭の子って感じがしますが、ウィルは違います。)
小柄で人形のような繊細な顔をしていて、この人感情を傷つけるのはいともカンタンなことだろうとナオミに思わせる人でした。
復帰した初日で迷子になりやっとのことで教室にたどり着いたナオミを自分の娘のように強く抱きしめてくれるのですが、その日ナオミを家まで送ってくれたウィルも同じように別れ際にびっくりするほど強くナオミを抱きしめます。
小柄というところも含めてウィルは母親似なのかもしれません。
大切な人を亡くした2人の男の子。
お兄さんを亡くしたジェームズ。
お父さんを亡くしたウィル。
お兄さんの指輪を紐に通し首にかけているジェームズ。
お父さんんのレコードを部屋に飾り、ナオミに贈るCDの曲をその中から選ぶウィル。
(でもレコードはプレーヤーがなくて聴くことができません)
お兄さんを亡くしたことで心が不安定になってしまったジェームズ。
お母さん曰く「がんばりすぎ」でときどき体調を崩しているらしいウィル。
(でも学校を休んでもイヤーブックの編集は休みません。ナオミが復帰した日も休んでいたのですがそのことを知っていたら休まなかったと言っています)
2人が対照的だなと思います。
(元)女の子としてはどっちも気になるし、ときとして守ってあげたい気持ちにもなります。
私は絶対ウィル派。
もともとおたくっぽい人が好きです。
何かにこだわりを持っていて熱く語ることができる人。
知的でユーモアもあって会話が楽しくできる人。
何か抱えているものがあってもそれを表に出さない強い人。
そして限りなくやさしい人。
そんな人が好きなのですが、ウィルそのものって感じです。
それに少し似たところがあるんですよね、私も。
音楽が好きで、自分でCDを作るのが好きで、こだわりを持っているところとか「わかる、わかる」って感じ。
それと私も高校生活の最後に同じ病気をしたことがあるんです。
同じように「風邪かな」と思って気にしていなかったのがある朝突然息をすることもできなくなって病院へ担ぎ込まれたたという経験がありまして・・・。
あのときは自分で死んじゃうんじゃないかと思いました。
あと最後の試験を終えたら自由登校期間に入るという時期で、最後の試験を受けられないまま卒業式を迎えたわけですが、その前日久しぶりに学校に行った時にはまさに
「遠い昔、この学校に通ってたんだ」
って感じでした。
そんなこともあってウィルに感情移入してしまうんだと思います。
でもナオミがジェームズに惹かれるのもわからないわけではありません。
最初にこの本を読んだ時、ムスメにすすめたいと思いました。
そのころムスメはいろいろあって自分を見失ってしまっていて、悩み苦しんでいるのが離れて暮らしていてもわかっていたのでなんとかしてあげたいと思っていました。
ムスメには少し前までお付き合いしていた人がいました。
学校の先輩だったその人に直接会ったことはありませんでしたが、写真(音楽関係のサイトやパンフレットの写真)から受ける印象や、ムスメの話から浮かぶ人物像は決して好印象ではなく、逆にムスメのことが心配になる人でした。
それでも自分と一緒にいることでその人を助けてあげられるんじゃないかと言うムスメの気持ちもわかるかなって思ったんです。
人を好きになるってそういうことだよねって。
私には理解できない人だけど見守るしかないかなと思いました。
それとなく「やめたほうがいいんじゃ」みたいなことは何度か言いましたが。
心配だけど見守る・・・そんなところもウィルと似ているのかもしれません。
結局彼とは別れたのですが(彼の方に問題が起こったので)、他にも「失う」ということを経験し不安定になってしまったムスメにナオミやジェームズが重なり、
そういうことだってあるんだよ
と気持ちを楽にさせてあげたくて読むことをすすめました。
でもそのときには読むことはなく最近になって文庫本が出たので読んだそうです。
今のムスメはもう迷っていないので
「ウィルはいい人やね」
という私が喜ぶ感想をくれましたが・・・。
いろいろなものを失くすことで自分を見つめなおし、大切なものに気づいて成長していったナオミと、失くしたものの大きさに耐えられず崩れてしまうジェームズと、失くしたものも自分の支えにして強く生きていこうとするウィル。
大切なものを失くしたとき、人はどうなるのか、自分はどうするのか考えさせられるお話なのかなとあらためて読んでみて思いました。
本屋さんに映画の原作本がありました。
映画化が決まっても最近まであまりおいてなかったのに正式に公開日も決まったからか、山積みってほどでもないけど積んでありました。
その帯が3パターン。
まずはその1
映画化が決まる前からついていたもの。
当然ですが映画のことは何も書いてありません。
その2
映画のタイトルが(仮)のもの。
「ナクシタキオク 原作」となってます。
その3
正式なタイトルのもの。
「誰かが私にキスをした 原作」
2も3も映画情報が載っているので、キャストの名前もあります。
こうなると3がほしいです。
できれば2の帯も。
でもすでに1を持ってるんですよね・・・。
そして予告編。
誰かが誰なのか気になります。
一瞬の映像を見ていると相手は主演男優さんに見えるんですよね。
でも原作だと・・・。
やっぱりラストが変わっちゃうってこともあるのかな?
いつも
なんとななるさ
でなんとかなってきました。
先のことは心配しません。
今やることをなんとかやれたらいいなと思っています。
でも、ほんとは
来年の桜は見られないかもしれない・・・
みたいなことをいつも思っているんです。
先のことを考えていて、できなきくなってしまう、ダメになってしまうことが怖いから、最初から期待しないのです。
たとえば旅行の計画を立てるのも好きではありません。
いろいろ計画を立てて楽しみにしていたのに行けなくなってしまって悲しい思いをするのがいやだから、行き当たりばったりの旅のほうがいいです。
たとえば、子どもを授かったとすると生まれてくる日を楽しみにするより無事生まれてくるとは限らないと最初からあきらめてしまっていたりしました。
悲しい思いをするのはもういやだから。
たぶんそんなこと経験しなければそんなふうに思うようにはならなかったとも思うのですが・・・。
そんな私なので、繰り返し出てくる
「I will ...」という言葉や「未来」という文字や「ウィル」という名前がなんだかまぶしくて、私ももう一度その言葉を口にできたらいいなと思いました。
『失くした記憶の物語』というお話、ただ映画の原作だからというだけで読んでみることにしただけでした。
最初ざっと読んだときにはそれほど心に残る場面もなく、特に感動もしませんでした。
私がもう若くないから高校生くらいの男の子や女の子の気持ちが理解できなかったからかもしれません。
でも何度か読むうちにこのお話がとても好きになっていました。
大切な人を亡くした二人の男の子。
兄を亡くしたジェームズと父親を亡くしたウィル。
その2人の亡き人への想いが対照的です。
「家族を亡くした人はおおぜいいるんだ」
「世界中の誰もが家族の一員を亡くしているはずだ」
「だからって、みんながみんな、いつまでも落ち込んでばかりはいられない」
そう言えるウィルはやさしくて控えめな性格だけれど本当はとても強い人なんだと思います。
最後のほうで出てくる結婚式で誓いの言葉を「I do」にするか「I will」にするか主人公が相談される場面があります。
主人公が選んだのは「I will」
「アイ ドゥ」は今だけだけれど「アイ ウィル」は未来のことも含んでいるから。
私も先のことを怖がらないで「I will」と言えるようになりたいと思いました。
映画では「ミライ(ウィル)」は主人公の親友であり、物語のキーパーソンだそうですが、本当に「ウィル」「未来」という言葉がこのお話のキーワードであり、「ミライ」がキーパーソンになるのもわかります。
今年公開という映画が本当に楽しみです。