2011/03/19 09:40:42
おはようございます。
テレビを見るたびただ涙を流すだけで何もできない自分が情けないです。
このたびの災害で亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りいたします。
そして被災された方、避難所で生活されている皆さんにお見舞い申し上げます。
被災地の一日も早い復旧と今現在も復旧のために休まず活動されている方々のお無事をお祈りしています。
直接の被害を受けることはなくてもその後いろいろと影響を受け不安を抱えている人もいると思います。
何も変わりなくいつも通りの生活をしていることが申し訳ないです。
被害のあった東日本だけでなく、いろいろなところでスーパーやドラッグストア、コンビニなどで商品が売り切れていると聞きました。
私も乾電池やティッシュ、トイレットペーパーなど買っておいた方がいいのかなと思い近所のスーパーを見てみましたが、まったく何も変わりありませんでした。
いざという時のために蓄えておこうとか、無くなる前に買っておこうとか思う人はうちの村にはいないのかな?
危機感などまったく抱いていない呑気な村人ばかりなのかな?
・・・ってちょっと心配になったのですが、もともと常時品薄の村内商店。
村の人たちは普段から生活必需品を多めに買い置きしているのかもしれません。
私の実家でも常にティッシュやトイレットペーパーなどは多めに買ってあるし。
今被災地、避難所で足りないと言われているものはうちの村でも普段すぐには手に入らないものも多いです。
それでも休みの日に町に出かけていけば買ってくることができるけれど被災地ではそれすらもできないんですよね。
どんなに不安で不自由な生活を強いられているのだろうと思うと、自分が何不自由なく暮らしていることが心苦しく申し訳ないです。
それでも不安が全くないわけじゃないんです。
今就職活動をしているタロウ君。
今度大学4年生になります。
ただでさえ就職難と言われていたのにこれから先ちゃんと就職することができるのかな?
東京で音楽活動をしているムスメは地震以後いくつかの仕事がキャンセルになりました。
これから先のこともわかりません。
収入が途絶え、いったいどうやって生活していけばいいのか…。
それでも2人とも親を頼ることなく自分なりに自分のできる限りのことをしようとしているのが心強いです。
今親が子どもにしてあげられることは「何があっても守ってあげるから大丈夫だよ」と言いつづけることだそうです。
でも、もう大きくなって親の手を離れ生活している子どものことはそばにいて守ってあげることはできません。
だた無事を祈るだけです。
それともうひとつ。
16年前の地震の時私達は関西に住んでいました。
大きな被害は受けませんでしたが、あのとき感じた揺れは忘れることはできなくて学校で避難訓練をするたびにあの朝のことを思い出します。
あのとき思ったのは、たまたまあの日は朝早く家族全員が一緒にいたけれど時間帯によっては離れ離れの可能性もあります。
そばにいればどんなことをしてでも絶対守ってあげるけれど離れていたらなにもできません。
だから子どもたちに言い聞かせてきました。
自分の身は自分で守ること。
何があっても絶対生きぬくこと。
あの日東京の新国立劇場でオペラを観ているときに地震にあったムスメですが、その後の冷静な判断をツイッターなどで知ってきっとこの子なら何があってもどんな時でも落ちついて行動できるだろうと思いました。
だけどそれでもどうか怖い目にあうことはこれから先もありませんようにと願わずにはいられません。
テレビを見るたびただ涙を流すだけで何もできない自分が情けないです。
このたびの災害で亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りいたします。
そして被災された方、避難所で生活されている皆さんにお見舞い申し上げます。
被災地の一日も早い復旧と今現在も復旧のために休まず活動されている方々のお無事をお祈りしています。
直接の被害を受けることはなくてもその後いろいろと影響を受け不安を抱えている人もいると思います。
何も変わりなくいつも通りの生活をしていることが申し訳ないです。
被害のあった東日本だけでなく、いろいろなところでスーパーやドラッグストア、コンビニなどで商品が売り切れていると聞きました。
私も乾電池やティッシュ、トイレットペーパーなど買っておいた方がいいのかなと思い近所のスーパーを見てみましたが、まったく何も変わりありませんでした。
いざという時のために蓄えておこうとか、無くなる前に買っておこうとか思う人はうちの村にはいないのかな?
危機感などまったく抱いていない呑気な村人ばかりなのかな?
・・・ってちょっと心配になったのですが、もともと常時品薄の村内商店。
村の人たちは普段から生活必需品を多めに買い置きしているのかもしれません。
私の実家でも常にティッシュやトイレットペーパーなどは多めに買ってあるし。
今被災地、避難所で足りないと言われているものはうちの村でも普段すぐには手に入らないものも多いです。
それでも休みの日に町に出かけていけば買ってくることができるけれど被災地ではそれすらもできないんですよね。
どんなに不安で不自由な生活を強いられているのだろうと思うと、自分が何不自由なく暮らしていることが心苦しく申し訳ないです。
それでも不安が全くないわけじゃないんです。
今就職活動をしているタロウ君。
今度大学4年生になります。
ただでさえ就職難と言われていたのにこれから先ちゃんと就職することができるのかな?
東京で音楽活動をしているムスメは地震以後いくつかの仕事がキャンセルになりました。
これから先のこともわかりません。
収入が途絶え、いったいどうやって生活していけばいいのか…。
それでも2人とも親を頼ることなく自分なりに自分のできる限りのことをしようとしているのが心強いです。
今親が子どもにしてあげられることは「何があっても守ってあげるから大丈夫だよ」と言いつづけることだそうです。
でも、もう大きくなって親の手を離れ生活している子どものことはそばにいて守ってあげることはできません。
だた無事を祈るだけです。
それともうひとつ。
16年前の地震の時私達は関西に住んでいました。
大きな被害は受けませんでしたが、あのとき感じた揺れは忘れることはできなくて学校で避難訓練をするたびにあの朝のことを思い出します。
あのとき思ったのは、たまたまあの日は朝早く家族全員が一緒にいたけれど時間帯によっては離れ離れの可能性もあります。
そばにいればどんなことをしてでも絶対守ってあげるけれど離れていたらなにもできません。
だから子どもたちに言い聞かせてきました。
自分の身は自分で守ること。
何があっても絶対生きぬくこと。
あの日東京の新国立劇場でオペラを観ているときに地震にあったムスメですが、その後の冷静な判断をツイッターなどで知ってきっとこの子なら何があってもどんな時でも落ちついて行動できるだろうと思いました。
だけどそれでもどうか怖い目にあうことはこれから先もありませんようにと願わずにはいられません。
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