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女性
自己紹介:
どんなときでも「なんとかなるさ」と落ちこまない。
「まっ、いいか」が口ぐせで
元気のもとは本と音楽。

歌が大好き。
クラシック大好きだった私が探し求めてやっと見つけた世界でいちばん好きな声の持ち主はオペラ歌手ではなくてアイドル!?
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昨日結婚式記念日でした。

ムスメとタロウくん、ジロウくん、サブちゃんの4人でケーキを作ってくれました。


結婚式のためダーリンの故郷へ向かう途中で風邪をひき(車で10時間くらいかかったかな?)その風邪を引きずったまま新婚生活を迎え、そのまま悪阻に突入したため婚姻届を出しに行くのが遅れて戸籍上の結婚記念日と1カ月のズレができてしましました。

「結婚記念日おめでとう!」

とやたらを強調するサブちゃん。

そうです。
スタートからいいかげんな私達です。

「私がいることがわかったからあわてて入籍したんだよね?」

そうかも。
もし子どもがいなきゃ未だに入籍してなかったりして・・・。

そんないいかげんな親ですが、明るく素直でやさしい子に育ってくれた4人の子どもたち。
なんどももうダメだと思いながら今も隣にいるダーリン。

今回の地震でもしかしたらこうやって6人集まるのは無理かもしれないと思った時もありましたが、結果的に予定していたより長く一緒に過ごすことができました。

今こんなときだからこそ、家族がそろって元気でいられる幸せをかみしめています。
そのことを少し申し訳なく思いながら、同時に感謝もしています。


家族を失った悲しみは消えることはないし寂しさも忘れることはないと思いますが、どうかいつか心穏やかにすごせる日が誰の元にもやってきますように。
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今日も夜中に目が覚めてしまいました。


昨日はタンスなどの大きな荷物を運びました。
ダーリンの会社から借りてきたトラックで3往復。
大きなものはほとんど2人で運びました。

その後車で一時間かけて駅までムスメを迎えに行きました。
帰りにはスーパーに寄って買い物をしてきたのですが、

「お米がある!」
「パスタもある!」

「こっちのスーパーすごい」

と感激してました。

やっぱり大変なのね、東京。

でも乾電池は単3以外どこも売り切れでした。

そして車で走っている間ずっと

「暗い、暗い」
「停電してるわけじゃないよね」

と言っていたムスメ。

これが普通です。


そして約1年半ぶりに帰ってきて寄った村のスーパー。

「今の東京より物がない・・・。」

そうなんだ。
だったらそんなに心配することないよね。

夜になると暗いのもスーパーが品薄なのもいつものこと。
不便と言えば不便だけれどこんな生活が続いているから特に困っているというわけでもないです。

ないことが当たり前。

そんな暮らしも悪くないかな・・・とちょっぴり思いました。


それとは別の話ですが、いろんな情報にも疎いです。
皆さんが盛り上がっていたりなんかちょっと怒ってるっぽい?って感じることもなんのことだかさっぱり。

それはそれでいいのかな?

知らなきゃいやな気分になることもないし。

っていうか私があまり文句を言うこととか否定をすることが好きじゃないので皆さんが不満に思われていることも知らないまま、ずっと好きでいられたらいいかな。


夜中に目が覚めました。
くしゃみ・鼻水・鼻づまりで眠れず・・・。

目が覚めたからくしゃみが出たのか、鼻づまりで目が覚めたのか、どちらかはわかりませんがとにかくそれからしばらく眠れませんでした。

辛いなあと思いながら、でもこんなの被災地の方の辛さに比べたら・・・とすぐに思い直します。
ささいなことですぐに沈みがちになる自分が情けないです。

朝の番組で被災地の方々がそれぞれメッセージを書いた紙を持っていらっしゃいました。
その中に

「花粉症の薬をください」

というのがありました。

昼間はまだ我慢できても眠れないのは辛いです。
どうか被災地に花粉症の薬がたくさん届けられますように。



仕事がなくなったムスメは今日帰ってくることになりました。
地震の影響はこれからも続くし、これから新たな問題も出てくるともいます。

今熱い思いを形にしようとしている人がたくさんいると思います。
一度だけじゃなく、今だけじゃなく、これから先もずっと熱くなくてもいいからあたたかい思いを持つ続けることができますように。

16年前の地震の後、ある通販会社が始めた月に100円ずつの義援金を続けてきました。
そのプロジェクトが終わってからも地球のための100円基金を続けています。

その会社が今回また100円義援金を始めてくれました。
もちろん参加させていただきます。

 



どちらかと言えばアンチといってもいい私でしたが、それまでCDを全くもっていなかったわけではなく関西出身の同じ名字の2人組の歌が好きでアルバムをDぐらいまでは買っていました。

でもどうして彼らの歌が好きだったのかは忘れてしまっていたのですが、そのきっかけを思い出しました。

16年前の大地震の後結成されたスペシャルユニット、そのCDを買ったことがきっかけだったんです。

じゃにいずに特に興味があったわけではないのですが、そのCDを買うことでチャリティ活動に協力できるならと思って最初に発売されたCDを買いました。
そして彼らがテレビで歌っているのを見て一人の男の子が気になりました。

「この子、歌うまいよね」

思わず声に出した私にムスメも同意。

それがつよしくんでした。

それ以来彼の歌が気になってCDを買ってたんだ・・・・。

彼の演技も好きで彼が出るドラマもずっと見ていたのですが子育てに追われテレビを見なくなっていつしか興味も関心もなくなっていました。

そして再び見つけた気になる子はやっぱりじゃにいずの子でそれがてごしくんでした。

最初の印象ではつよしくんに似てるなって思いました。
どこか陰のある表情が好きでした。
そして同じように彼の歌に惹かれていったわけですが、「上手い」っていうより「いいなぁ」「好きだな」って思います。

ところで我が家に一人、彼の歌をべた褒めする人がいます。
意外なことにマイダーリン。

私のことを「J贔屓」とか言って冷たい目で見たり、他のメンバーのことは歌が下手だとか酷いこともいろいろ言うのですが、てごしくんの運動神経とともに歌を絶賛しています。

私が夕食の片づけをしながら彼の歌を聴いていたら

「ほんとに上手いなあ」

なんて突然言い出したかと思うとサブちゃんに向かって

「いいか、このあとよく聴いとけよ」

なんて言って

「ここからの伸びがいい。まったくブレない。ビブラートが上手いなあ。」

とかなんとか言ってました。

おまけに

「俺は人をほめることはないがこの歌だけはすごいと思う」

なんて逆にこっちが「どうしたの?」って聞きたくなるほどのほめっぷり。

ほんと、どうしちゃったんでしょう?

でも自分の好きな人が認められるのは嬉しいです。


今回またJふれんずのようなユニットが結成されて多くの人に歌を聴いてもらう機会があればいいなあと思います。
それだけじゃなくて前回の私みたいに特に興味はないけどチャリティのために買ってみようかなって人がいっぱいいて、それが少しでも多くの人の役に立てばいいなと思います。


おはようございます。

テレビを見るたびただ涙を流すだけで何もできない自分が情けないです。

このたびの災害で亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りいたします。
そして被災された方、避難所で生活されている皆さんにお見舞い申し上げます。

被災地の一日も早い復旧と今現在も復旧のために休まず活動されている方々のお無事をお祈りしています。



直接の被害を受けることはなくてもその後いろいろと影響を受け不安を抱えている人もいると思います。
何も変わりなくいつも通りの生活をしていることが申し訳ないです。

被害のあった東日本だけでなく、いろいろなところでスーパーやドラッグストア、コンビニなどで商品が売り切れていると聞きました。
私も乾電池やティッシュ、トイレットペーパーなど買っておいた方がいいのかなと思い近所のスーパーを見てみましたが、まったく何も変わりありませんでした。

いざという時のために蓄えておこうとか、無くなる前に買っておこうとか思う人はうちの村にはいないのかな?
危機感などまったく抱いていない呑気な村人ばかりなのかな?

・・・ってちょっと心配になったのですが、もともと常時品薄の村内商店。
村の人たちは普段から生活必需品を多めに買い置きしているのかもしれません。
私の実家でも常にティッシュやトイレットペーパーなどは多めに買ってあるし。

今被災地、避難所で足りないと言われているものはうちの村でも普段すぐには手に入らないものも多いです。

それでも休みの日に町に出かけていけば買ってくることができるけれど被災地ではそれすらもできないんですよね。
どんなに不安で不自由な生活を強いられているのだろうと思うと、自分が何不自由なく暮らしていることが心苦しく申し訳ないです。


それでも不安が全くないわけじゃないんです。

今就職活動をしているタロウ君。
今度大学4年生になります。
ただでさえ就職難と言われていたのにこれから先ちゃんと就職することができるのかな?

東京で音楽活動をしているムスメは地震以後いくつかの仕事がキャンセルになりました。
これから先のこともわかりません。
収入が途絶え、いったいどうやって生活していけばいいのか…。

それでも2人とも親を頼ることなく自分なりに自分のできる限りのことをしようとしているのが心強いです。

今親が子どもにしてあげられることは「何があっても守ってあげるから大丈夫だよ」と言いつづけることだそうです。
でも、もう大きくなって親の手を離れ生活している子どものことはそばにいて守ってあげることはできません。

だた無事を祈るだけです。

それともうひとつ。

16年前の地震の時私達は関西に住んでいました。
大きな被害は受けませんでしたが、あのとき感じた揺れは忘れることはできなくて学校で避難訓練をするたびにあの朝のことを思い出します。

あのとき思ったのは、たまたまあの日は朝早く家族全員が一緒にいたけれど時間帯によっては離れ離れの可能性もあります。
そばにいればどんなことをしてでも絶対守ってあげるけれど離れていたらなにもできません。

だから子どもたちに言い聞かせてきました。

自分の身は自分で守ること。
何があっても絶対生きぬくこと。

あの日東京の新国立劇場でオペラを観ているときに地震にあったムスメですが、その後の冷静な判断をツイッターなどで知ってきっとこの子なら何があってもどんな時でも落ちついて行動できるだろうと思いました。

だけどそれでもどうか怖い目にあうことはこれから先もありませんようにと願わずにはいられません。





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